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2012年10月 2日 (火)

久しぶりの相撲史跡調査揃い踏み・その2

 谷中の日蓮宗妙福寺にある五百五十遠忌報恩塔を見に行く。この報恩塔に相撲年寄たちの名が刻まれている。

 このことは「相撲趣味」159号に三宅敏隆さんが書かれている。その部分のコピーを壬午山さんがわたしのために用意してくれていた。

 天保二年辛卯三月、両国の東西講中が建立していて、見あぐるばかりの立派なもの。その二段目正面に雷、勝ノ浦、久米川、錣山、玉垣、境川、甲山、千ヶ浦、根岸、浦風、東関取中、西関取中と刻まれている。

 この順序、年寄連名の順列ではなく、文政13年から天保2年にかけての本場所の勧進元、差添、そして単独での興行で寄進した人たちの名であるように思われる。

 

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