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2013年3月21日 (木)

山分熊右衛門の墓碑は?

 壬午山さんから『遠津淡海地誌』に、「次郎丸山脇熊右衛門 身ノ丈ケ五尺八寸ト云。日ノ下開山ト云関取也。伏見ニ石碑有之。」との記述があり、次郎丸は山分の本名で、なんとか探したいとの便あり。

 『遠津淡海地誌』の刊行年を調べると天保五年なので、この時点では伏見大亀谷の即成院、あるいはその近辺にあったことがわかる。即成院は明治八年に東福寺の塔頭になり、那須與市の供養塔は移されてきている。以前、壬午山さんといっしょに大亀谷から東福寺まで調べたことがあったが、見つからなかった。

 「伏見まるごと博物館」というのが、今年の3月10日にオープンした。伏見区では「伏見学連続講座ーふれて、しって、みて伏見ー」を毎年秋に開催している。

 伏見のことに詳しい方が見聞されておられるかもしれず、今一度大亀谷の古御香町あたりまで、墓地だけでなく、道路端なども調べに歩かなければと思う。

 

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