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2013年4月21日 (日)

唐糸為右衛門

 司東真雄著『岩手の歴史論集 Ⅲ 近世文化』に「北上地方の江戸時代力士」と「岩手県南五郡相撲及び行司」が収録されていて、前者に、唐糸為右衛門の項があり、相撲をやめて南部藩財政の立て直しのため長崎に赴いた、などと記されています。

 『北上市史』には、唐糸為右衛門の書簡(天保六年十二月三日)が載っていて、「拙儀当春角力より御座敷様御用向ニ付長崎表ヘ国産物商売被仰付、仍之当春よりハ場所江不罷出当時角力相休ミ……」などとあります。

 母を初め親類中へもよろしく御伝言下されたくなどと記した内容もあります。生家が家老の家臣であったこともあり、文武にたけた人物だったと思われます。

 唐糸は天保八年六月十四日大塩平八郎事件に巻き込まれて大阪で亡くなった、と司東さんの書物にあります。 

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