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2014年6月25日 (水)

玉ヶ橋谷五郎

 唐津市から合併している『北波多村史』が平成二十三年に出されている。「通史編Ⅰ」に石造物の章があり、玉ヶ橋谷五郎の墓塔が紹介されている。

 旧『北波多村史』には「墓石も位牌も嘉永二己酉九月十八日とあるのに、相撲史の本には安政三年十一月までとなっている。いずれが正しいか、識者の裁量に俟つ」などとあった。

 鰭の山の墓を訪ねて京都へ来られた佐賀民俗学会の後藤為義さんからお聞きして、墓を訪ねてきたことがある。

 その報告は「相撲趣味」第133号に記したが、番付では天保二年から安政三年まで連続して出場しているように見え、『江戸時代相撲名鑑』もそのように記しているので注意。

 弘化三年十一月まで二段目上位にあるのが北波多の玉ヶ橋で、年寄大竹襲名、同四年二月からは弟子で、玄海町出身の鳴滝音右衛門が玉ヶ橋を名乗っており、値賀川内の子孫宅近くに墓がある。明治廿六年十二月二十四日 六十八才で歿。旧墓が倒れたままだが残っていて、左面に経歴が詳しく記されている。

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