2008年11月24日 (月)

昭和20年の中学生展

 立命館大学の国際平和ミュージアムで、「昭和20年の中学生展」を見てきました。22,23日が関西文化の日の催しとして無料、それに便乗。

 昭和20年わたしは中学2年生、その頃の学校は軍事教練、武道、海軍体操、そして農業動員が主で、時に疎開の手伝いに家を壊し、釘を拾い集めたりしていました。京都の堀川通り、御池通などは疎開で広げられた通りです。釘は鉄砲の弾にと集めさせられたのです。

 そういったことを思い出しながら、その時の教科書、ノート、服装などなど見て回りました。

 常設の一五戦争から現代の戦争まで、そして平和を求めての展示も蒐集されたものが多彩で、ぜひみなさんも訪れてみてください。北区等持院北町にあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月27日 (月)

生き残りの門

 宇島から列車に、宇佐行きは1時間に1本しかない。天津で双葉山出身地の看板を見、柳ヶ浦で下車、南進、柳ヶ浦小学校を通過していた時、弾痕の跡が見られて、これはアメリカの空爆を受けた跡との説明がなされていた。

1252600_img  さらに、「生き残りの門」という矢印があるので、左に折れて小さな道を進む。蓮光寺という寺の門が空襲を受けた際、本堂をはじめあたりがすべて失われたのにただ一つ助かったという。

 このあたりには宇佐海軍航空隊があったので攻撃を受けたのだが、戦争の恐ろしさ、痛々しさを忘れないために、特に小学校にそれらの表示をしていることに感銘した。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年8月 9日 (木)

折り鶴

 この間長崎へ行った折、ホテルの部屋に色紙が置かれていて、「鶴を折ってください。原爆の日に新しく吊しますので帰りにフロントにお預けください。」とあった。折り方の説明もあったのだが、巧く作れなかった。昔折ったことがあったのにと思いながらとうとう一羽も折れなかった。

 今日は長崎原爆投下の日、ごめんなさい。

 先の参議院選挙、九条を守ろうということも票には結びつかず、悲しい。

| | コメント (1) | トラックバック (0)